『一発逆転』通信

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    今日のかて 「主の愛に心奪われる」
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      c.今日のかて

      【士師記14:18】

      今日主が私達に語られているのはこの箇所ですが、まずはこの箇所の全体像を理解するため、できれば士師記14章全体に目を通してみてください。

      ここにはいくつかのことが謎に包まれ語られていますが、この箇所こそもっとも意味有り気に見えて、謎の深い箇所と言えるでしょう。

      彼が異邦人達に問うた謎は、実はこの花嫁によらなければ決して解くことができない神の奥義ということができるでしょう。

      まずここが花婿、花嫁の宴ということから、結婚の奥義【エペソ5:31,32】がここに隠されているということがわかります。さらにはこの決してナジル人である者が結婚相手として選ぶことのない異邦人の娘を花嫁にすることが神の御旨にあったことを見るのであれば、まさに今の異邦人に与えられた恵みとしての今の教会とイエスキリストの結婚を意味に含んでいると見ることができるでしょう。(主イエス自身最後の晩餐で語られた言葉にナジル人としての誓願を含む言葉を語られています。【ルカ22:18】)

      であるならば、この獅子とその中から蜜が出てくる奥義はどのようなものということができるでしょうか。

      「獅子」として出てくる聖書のこれに関わるものとして見ることができるのは、ユダの獅子たる主イエスキリスト、そして聖書に於いて「蜜」は御言葉に喩えられる言葉です。

      私達の罪のため十字架の上に裂かれた主イエス、神の言葉(ロゴス)であられる主イエスご自身から神の御言葉が、深遠なる神の御旨が奥義としてその内に隠されているように溢れ出す。

      その御旨こそ、キリストと教会が結婚するという聖書の結論たる奥義【黙示録21,22章】。この私達花嫁を買い取るために、主イエスご自身が裂かれ、ご自身の命でその花嫁料を支払われた。それがサムソンの出した問いに見ることのできる神の思いではないでしょうか。

      そうした意味で見返すのであれば、この質問が異邦人達に、この宴の場所で問われたということにも頷ける深い意味を知ることができます。

      まず異邦人に語られた福音。そしてそれは決して人の知恵、力では解き明かすことのできない、辿り着くことのできない、神から私達への答え、救いという最大の愛。

      この最も深く、幸いな事実は、愛により始めて花嫁に明かされる深遠なる事実です。

      しかしこの花嫁が心奪われたのは花婿ではなく、自らの命を奪われないことでした。

      そして、この異邦人達は自らが物を取られるのを惜しんでこの花嫁を脅迫し、答えを強引に引き出したものでした。

      なんと浅ましいことでしょうか。この全ての問いは愛の内に豊かに解き明かされるべきであるのに、異邦人達は殺意で、そして花嫁は愛を売り渡すことで、サムソンからその答えを聞き出そうとするのです。

      そして、この花嫁は神の選びの民であるサムソンとの結婚という途方もない恵みすら、他の者との結婚にすり替えてしまうのです。

      そして、その結果は花嫁自らが恐れた死そのものでした。【士師記15:6】

      私達は主の贖いという恵み、溢るる愛により、やがてこの主の花嫁となるという、人の考えでは決して及ぶことのできない愛の真実を知っています。

      それが主に救われた者の最大の望みです。

      しかし、もしも私達が目に映る金銀や物に固執するのであれば、この深遠なる愛の本質に辿り着くことはできないでしょう。

      またもしも自らの命を惜しむのであれば、それは何を得たとしても、永遠の命を失うものであり【ルカ9:23-26】、また主イエスが私達に与えてくださった愛を売り渡すこととなるのです。


      今、私達の心は何に奪われているでしょうか。

      主の愛に永遠に心奪われることそれが、主がその命をもって買い取るほどに愛した花嫁である私達に、ふさわしい姿ではないでしょうか。


      【雅歌8:6,7】

      8:6 わたしをあなたの心に置いて印のようにし、あなたの腕に置いて印のようにしてください。愛は死のように強く、ねたみは墓のように残酷だからです。そのきらめきは火のきらめき、最もはげしい炎です。

      8:7 愛は大水も消すことができない、洪水もおぼれさせることができない。もし人がその家の財産をことごとく与えて、愛に換えようとするならば、いたくいやしめられるでしょう。



      ※今日の聖書箇所になります。ご参照ください。


      【士師記14:18】

      14:18 七日目になって、日の没する前に町の人々はサムソンに言った、「蜜より甘いものに何があろう。ししより強いものに何があろう」。サムソンは彼らに言った、「わたしの若い雌牛で耕さなかったなら、わたしのなぞは解けなかった」。


      【エペソ5:31,32】

      5:31 「それゆえに、人は父母を離れてその妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである」。

      5:32 この奥義は大きい。それは、キリストと教会とをさしている。


      【ルカ22:18】

      22:18 あなたがたに言っておくが、今からのち神の国が来るまでは、わたしはぶどうの実から造ったものを、いっさい飲まない」。


      【士師記15:6】

      15:6 ペリシテびとは言った、「これはだれのしわざか」。人々は言った、「テムナびとの婿サムソンだ。そのしゅうとがサムソンの妻を取り返して、その客であった者に与えたからだ」。そこでペリシテびとは上ってきて彼女とその父の家を火で焼き払った。


      【ルカ9:23-26】

      9:23 それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

      9:24 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。

      9:25 人が全世界をもうけても、自分自身を失いまたは損したら、なんの得になろうか。

      9:26 わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、自分の栄光と、父と聖なる御使との栄光のうちに現れて来るとき、その者を恥じるであろう。


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